2015年7月、BETWEEN THE BURIED AND ME(ビトウィーン・ザ・ベリード・アンド・ミー)の3年振りのアルバム『COMA ECLIPTIC』が発売された。店頭販売においてはCDのそれより一回り大きい紙ジャケットが並び、往年のプログレッシヴロック――ヒプノシスによるデザインの――を思わせる意味深な写真が目に飛び込む。

彼らの名前はプログレッシヴデスメタルというくくりで目にすることが多い。このジャンルのバンドにはOPETHやCYNIC、MESHUGGAHなどが挙げられるだろう。ここでMESHUGGAH以外の2バンドとBETWEEN THE BURIED AND MEとの共通点を見てみたい。今回の新譜にも関わってくるのだが、彼らは総じてデスメタル要素を減少させていき、プログレッシヴロック寄りの音楽性へと変化を遂げているのだ。

『COMA ECLIPTIC』の1曲目を初めて再生すると、バンドを間違えたかと錯覚するかもしれない。エレクトリックピアノ(ウーリッツァーか?)のアルペジオの上でクリーンヴォーカルが静かに歌うバラード。コーラスに入って盛り上がっても生ピアノとストリングスがその音圧の中心となっている。OPETHやCYNICは一足早くその方向に進んでいた。もともと持っていた深遠さをより追求し、アコースティックな楽器も恐れず取り入れる。

デスメタル要素を強く保ちつつプログレッシヴな音楽を奏でるバンドはいないのかといえば、二つのパターンで存在しているように感じる。一つはもともと技巧的に優れていたデスメタルの先鋭的なものとして、テクニカルブルータルデスメタルと呼ばれる一群。もう一つは新しく発生したメタルコアやカオティックハードコアの路線。先述の3バンドのようにプログレッシヴロックよりになったものも含め、バリエーションが増えることにより、それぞれのよさを味わえる状況であることを喜びたい。